明治神宮と五箇條の御誓文

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昨日はアメリカから一時帰国中の友人と明治神宮をお散歩。

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IMG_8297本殿をお参りし、散策路をぐるりと巡って奥の宝物館の前まで行くと、もうほとんど人はいなくて、芝生や木々の新緑が瑞々しく輝いていました。敷地内には明治天皇が明治元年に発布された先進的な民主主義宣言ともいえる「五箇條の御誓文」の看板が立っています。

IMG_8288その内容とは…
「一、広く人材を集めて会議を開き議論を行い、大切なことはすべて公正な意見によって決めましょう。
一、自分の上下を問わず、心を一つにして積極的に国を治め整えましょう。
一、文官や武官はいうまでもなく一般の国民も、それぞれ自分の職責を果たし、各自の志すところを達成できるように、人々に希望を失わせないことが肝要です。
一、これまでの悪い習慣をすてて、何ごとも普遍的な道理に基づいて行いましょう。
一、知識を世界に求めて天皇を中心とするうるわしい国柄や伝統を大切にして、大いに国を発展させましょう。
これより、わが国は未だかつてない大変革を行おうとするにあたり、私はみずから天地の神々や祖先に誓い、重大な決意のもとに国政に関するこの基本方針を定め、国民の生活を安定させる大道を確立しようとしているところです。皆さんもこの趣旨に基づいて心を合わせて努力してください。」(口語訳:明治神宮社務所発行の冊子より)

戦後教育を受けたわたしたちは、民主主義は戦後初めてGHQによってもたらされた、と勘違いしている人も多いかと思います。でも実際は明治天皇はこうした民主主義的な精神に基づいて国を発展させようと決意され、それに基づいて議会もつくられ、大臣たちが政治を執り行っていたのあであって、戦前は天皇陛下の独裁だった、などというのはまったくの誤りです。
昭和天皇は昭和21年元日の「新日本建設ニ関スル詔書」でこの五箇條の御誓文に触れられ、日本の民主主義は決して連合国によってもたらされたものではなく、明治にその原点があることを示され、その精神に立ち返っての国の復興を呼びかけられました。
この勅語は一般には「人間宣言」と俗称されていますが、これも主旨を捻じ曲げる呼び方といわざるを得ません。
「わたし(昭和天皇)は国民とともにあり、常に利害を同じくし、喜びと悲しみを分かち合いたい。わたしと国民との絆は終始相互の信頼と敬愛とに基づくものであって、単なる神話と伝説によって生じたものではない。天皇が現人神(あらひとがみ)であって、日本民族は他の民族よりも優越していて世界を支配すべき使命があるとの架空の観念にもとづくものでもない」という、昭和天皇の国民への思いを述べた部分からごく一部だけを取り上げて誇張した呼び名にすぎないのです。

IMG_8304「新日本建設ニ関スル詔書」という正式名称が示すとおり、その主旨は、五箇條の御誓文の精神に立ち返り、人心をひとつにして戦後の困難に立ち向かい、新しい日本を建設しよう、と国民に奮起を呼びかけるものでした。

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それが「人間宣言」などというトンチンカンな名前で広まってしまうのはなぜでしょう。
明治も大正も戦前の昭和も、日本の政治や社会はすばらしいものだったのに、それが独裁的で、抑圧的な悪い社会であったかのように、日本人に思い込ませようとしたのは、占領軍、GHQです。
あなたも、そのWar Guild Information Program(戦争は罪であると思い込ませる洗脳作戦)にはまってしまっていませんか?
教科書やマスコミの報道する歴史や常識はすべて一度疑ってみる癖をつけましょう。

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